私は広告デザインの業界に勤めていました。小さな会社でしたから、打ち合わせから制作までを一人で行った作品もあります。その頃は、自分の制作物が世の中に出ていく事に喜びを感じて足元が見えませんでした。
会社の平均寿命は二十数年と言われています。自己都合による転職を考慮すると一つの会社で人生を全うする確率は低く、務めながら先を見越していなければならないようです。「やりたい仕事に就く」ことと「やり続ける」ことは異なります。
余暇を利用して倒産や転職のリスクに備えることを怠った自分に悔んだことも多々あります。それでも不勉強な自分が仕事を続ける事ができたのは、間違いなく会社で出会った人達のおかげだと思います。
誤解して頂きたくない事は、誰かがいつか自分の役に立つために親しくするという事では決してありません。簡単に言えば「人と仲良く」なる為の心配りと行動が自然に身につけば人生も豊かになるのだと思います。そして学校での友達作りは人生の財産につながります。
「一生懸命働いていれば自分も会社も幸せになる」という考えは、組織によっては迷信ではないかと思います。私がこの話を切り出した理由は、やがて世の中に船出する皆さんにバランスの取れた人生を考えながら歩んで欲しいからです。
楽しい時間の落とし穴
最初に私が勤めた会社の状況をお話します。始業は朝8時30分、退社が夜11時50分、帰宅は翌日の午前1時近く、そんな日が週に3日ほどあり、妻には大変迷惑を掛けていました。
しかし先輩から「好きな仕事をして生活が出来る人は少ない、頑張れ!」と聞き、上を目指して発奮していたのもこの時期で、娯楽や自己研鑽には興味がありませんでした。
「仕事を好きでやっている人には敵わない」と良く聞きます。ところが、多くの会社に似たようなポストがあり募集人数の多い職種であれば受け皿には困りませんが、少ない受け皿の職種に当たる人は注意が特に必要です。競争率が異常に高くなり、自身の加齢も重なると高いハードルになるからです。
私のアンバランスながらも充実していた日々は長く続かず、不景気により会社は数年で潰れました。生計を立てるためにアルバイトをしました。半年後、たまたま作ったプレゼンテーションがアルバイト先の幹部の目に止まり、その方の働き掛けにより会社側が広報課を作り正社員雇用してくださいました。当然、デザインやパソコンに詳しい社員は私だけ。何でも引き受ければ業務がパンクし、断れば睨まれる。一人で一部署を支える事は大変でしたが、雇用してくださった新しい会社に恩義を感じて一生懸命に働きました。
法律の整備は後からやってくる
残念ながらこの会社は、今話題になっている裁量労働制を一早く取り入れ乱用していたようです。労働環境を整備する法律は常に実態より遅れています。ここでも人より少しでも多く就業している姿を見せないと生き残れない環境でした。夕方になると仕事が入り、「1日24時間あるから大丈夫」とよく言われました。幹部の多くは会社の側に住んでいましたから遠距離通勤者にはたまった物ではありません。夜の9時を過ぎた時に生まれる異様な連帯感は、今思えば宗教にも似ていたと思います。
役職者の3人の内2人は離婚を経験していました。私は大切な伴侶や子供を失ってまで、何故この会社にしがみつくのか不思議でした。ただ、自分の年齢が増え子供が生まれるとだんだん分ってきました。その人達にも理由はあるのです。ただ、自分だけは仕事も家庭も失わないバランスの取れた人間になりたいと思っていました。でも忘れていました。その絵の中に自分が望んだ夢が無くなっていた事を。
絵を描くためには心を豊かにしなければならないと若い頃に思い、音楽や映画をよく見ました。一生懸命仕事をして余暇に好きな絵を描き、家族と楽しく暮らす。しかし、いつの間にか目的と方法が入れ替わっていたのは「バランス人間」を勘違いしていたからでしょう。
前置きが長くなりましたが、そんな事態を避けるために貴方も「バランス人間」を考えてみませんか。私は仕事を通して会社員を大きく分けると三つのタイプがあると推測しました。
仕事人間と呼ばれる「ワークホリック」
私の会社の現場にはワークホリックに分類される社員が6割以上を占めていたのではないかと思います。「それは異常な会社だよ」と一蹴されそうですが、一般的な会社でも2~3割はいるのではないかと思います。
ワークホリックと呼ばれる人は仕事さえしていればハッピーなようですが、時々とてつもない失敗をするのがこのタイプです。時には会社に大損害を与えることもあります。それは「自分のやり方」が好きだから、「自分のやり方」が気に入ると徹底してしまい、人の助言が耳に入らなくなるようです。
残念ながら日本のシステムでは一番出世して立場(権限)を得てしまうのがこのタイプです。今も世の中の変化に対応できず、危ない立場に陥っている会社が珍しくないのが物語っているように・・・。立ち上がりは早いけど、墜落するのも早い。たぶん私もそんな時期があったと思います。
皆さんなら『問題のワークホリックを正しいワークホリックにしたらどうか?』という素朴な疑問が生まれてくると思います。実際に試みた大企業の人事の方にお伺いすると、一生懸命教育しても成功する確率は一割にも達せず悲しい経験ばかりだと嘆いていました。
会社泣かせのファミリー人間
次のタイプはファミリー人間です。実は組織人として一番問題なのがこのファミリー人間です。社内の慣習を重んじ、前例の無いことは行わず、既存の組織を重視します。ファミリー人間同士は変にまとまってしまう可能性があり、このような人間をいかに減らすかが会社の存亡に関わることだと私は思いました。ファミリー人間を仕事人間にすることはできません。そして仕事人間をファミリー人間にすることもできないと思います。つまり人間性が根幹にあるようです。
一般的な会社では2割にも満たないのですが、このタイプの会社員の育成が一番難しいと思います。私がいた会社の幹部は、ほとんどがこのタイプだったのではないかと思います。
ファミリー人間の上層部とワークホリックの現場。従業員1,000人だった会社を10年程で約3万人を越える会社に成長させた実績がそのような組織を生んでしまったのだと思います。その後、この組織が没落する事に多くの時間は必要ありませんでした。
なかなか咲けないバランス型人間
3番目に申し上げるタイプはバランス型人間です。「人生、家庭、プライベートなどと仕事のバランスを図ろう」と考えている、ごく普通の人。一般的な会社には約5割いると思いますが、実際に上手くバランスできている人はその1割程度だと思います。
低い割合の理由は、多くの方が正しいバランス点まで到達できずに悩みを抱えて予備軍で終わってしまうからです。
バランス人間をヘリコプターで例えるとホバリング状態に似ています。空中で静止状態を維持するためには技術が必要で、しかも沢山のエネルギーを使います。直進で飛んでいる時には滅多に落ちないけれど、バランスをとって静止状態を維持している時は少しの風の影響でも受けやすくなります。時には墜落することもあるでしょう。一見優しそうに見えますが、実はバランスを取る事が一番難しいと思います。
会社の人材育成からの観点です。一番多いと思われる「バランス型人間」に「バランスをどうやって取るか」という適切な指導を行い、良いバランス型人間になって貰うことの成功率は高く、そして一番意義がある事だと思います。その成功率は5割以上を期待できます。先ほども述べましたが、実社会ではバランス人間は出世し難い会社が多いように思います。
その為でしょうか、日本はワークホリックが権限を持つためか、製品を見ても従来の成功例の特徴を強めた製品や作品が多く見受けられます。よって企業の低迷も然りです。
バランス人間が組織をまとめれば、それを防げるのではないかと思いますが、残念ながら権限をなかなか持てないようです。
バランス型人間を目指そう!!
私の会社の経営層にバランス型人間は皆無だったと思います。時代の風に乗り、一度は世界5位の売上まで成長した会社が急変の連続の末に墜落した理由が今は分かるような気がします。決してワークホリック人間ではできない成長経路があれば、また違った未来が待っていたのではないでしょうか。
会社は人です。素晴らしいビジネスモデルでも運営するのはやはり人です。一番大切な事は一人一人のバランス感覚だと思います。私は皆さんがバランスの取れた社会人になり、本当の楽しさを得た人生を歩んで頂きたいと思います。
私を知る人には笑われるかも知れませんが、私はバランス人間を目指す道半ばの人間です。年齢により、社内の立場により、そして生活環境の変化によりバランスの意味も価値も変わると思います。
もちろんお金は家族と共に豊かな人生を歩む為に大切です。将来の準備を怠らず、今手にしているものに感謝と愛情を注ぎ、心身に無理をせず健やかに生きて欲しいと思います。人生、二転三転は不意に訪れます。年を重ねるほどに問題のハードルも高くなるような気がします。私のように不用心な人間なら更に多く訪れるでしょう。そして家族だからこそ言えない事もあります。されど自分の喜びを分かちあってくれるのも親身になってくれるのも家族であり良き友人です。そのためにも豊かな感性をバランス良く育てて頂きたいと思います。
妻が私に言いました。持ち物や裕福などは関係なく、何気なく素敵だと思える人に出会ったら、その方はきっとバランスの取れた人なのでしょうね・・・と。
皆さんも良きバランス人間を目指し、素敵な人になってくださいね。
以上